生きるのがつらい、という人向けの太宰治のライフハック。~札幌心療内科コラム

太宰治の話で、
「死のうと思っていたが
夏物の服をもらったから
夏まで生きていようと思った」
という一節があります。
これ、初めて読んだ時に
「いやいや、服で?」
と思ったんですよ。
もっとこう、
愛する人ができたとか、
人生の使命を見つけたとか、
そういう壮大な理由じゃないんだ、と。
服なんです。
夏物の服。
でも、年齢を重ねるほど、
この言葉の意味が分かるようになりました。
人って、
「人生最高!」
みたいな理由で生きているわけじゃないことが結構あるんですよね。
今日の昼ご飯が楽しみとか。
帰ったら見たい動画があるとか。
推しの配信が来週あるとか。
猫が待っているとか。
そんなもので案外つながっていたりします。
もちろん苦しい時というのは、
「そんな小さな理由じゃダメだ」と思ってしまうこともあります。
生きる理由なら、
もっと立派で、
もっと感動的で、
もっと誰もが納得するものでなければならない。
そう考えてしまう。
でも実際には、
人を今日まで連れてくるのは
意外とそういうものではなく、
むしろ
「とりあえず来週まで」
とか
「次の休みまで」
とか
「この漫画の続きまで」
とか。
そういう小さな予定のほうが
人を支えていることがあります。
ですので、
もし今なにか苦しいことがあったとしても、
生きる理由を壮大なものにしなくていいんじゃないかと思うんです。
昼ご飯でもいいですし、
動画でもいい。
ゲームだっていいでしょう。
散歩でもいい。
次の季節でもいい。
太宰が夏物の服で夏まで生きようと思ったように、
自分なりの「そこまで生きる理由」を
少し先に置いてみる。
それだけでも十分なんじゃないでしょうか。
何にせよ、生きる理由は必ずしも立派である必要はないんだなと思いつつ、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
(完)



